普通より少し高い知能レベルの人が、なんでも否定してしまう理由

得られる情報量が多すぎる

 

見ようとしなくても入ってくる

 

CM、広告、メールでのお知らせ、街の看板、ポスター、チラシ

 

これをどう対処するか?

 

新しいことは不要。今で十分。と考えて、

「これは〇〇だから自分にとってはいらない。」

と即座に判断する。その〇〇をすぐに探してしまう。

 

これはなぜか。

 

「これは〇〇に使えそうだなぁ、もしくは〇〇にも使えそうだなあ。」

と考えることは、その情報を活用する理由を頭を働かせて考えなければならないのと、その情報を使うことで日常を変化させて、新しいことに取り組んだり、さらに新しい情報を得たりすることにつながる。

 

これが面倒くさいと思うのが人間。

 

だから、受動的に得た情報は、能動的に得ようとした情報よりはるかに捨てやすくなる。

すぐに対処しないと次の情報が来て、いっぱいいっぱいになると分かっているから。

 

そして、普通より少し高い知能レベルの人は、「これは〇〇だからいらない」の〇〇という理由を、経験則から容易に導ける。

 

これは時間の無駄だから、これはテレビで効果ないって言ってたから、最近聞く詐欺に似てるから、自分の嫌いな人がこれをやってたので自分は同じことをやりたくないから、など。

 

頭が悪い人は、へぇ〜そうなんだ、やってみよ〜って何も考えずにプロモーションの言葉を信じて、騙されて、怒る。終わり。

 

頭がいい人はどうしてるんだろう。

これを何に使えるか、どう活用しようか、と考え続ける習慣があるんじゃないだろうか。

そういう習慣があれば、次に新しい情報が来たときも、ポジティブで能動的でチャレンジングな経験則が溜まっているから、「あのときと同じ様にこれもあれに使えるんじゃないか」って考えられる。

なるほど、これだからできる人はどんどん成長して行くんだな。

 

自分の中にポジティブなコンサルタントがいるイメージかな。

 

 

そうと分かっても、新しい情報全部を活用して行くのは無理。頭がパンクする。

だけど少しずつ、受動的に入ってくる情報も活用するようにしていきたい。

 

最近も、こんなFintechセミナーがあるけどどう?って言われて、「ITの波に乗れないくせに国の銀行法という制度に守られて、結局ITの足手まといになっている"銀行さん"の話なんか聞きたくねぇよ」と思って即拒絶したが、

数日後、ふと「自分がわからないことを知っている人がいるかもしれない。聞けるかもしれない」とポジティブに考えて、行くことにした。あと、「銀行がいま何を考えているか分からないのに頭ごなしに否定するのは、愚かなワイドショーコメンテーターと同じになってしまうな」というネガティブな理由も用意した。

 

ポジティブな理由だけでも、ネガティブな理由だけでも、新しい場所で新しい情報を得るために行動することは、人生の改善に繋がると思う。